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| 心意合気武道淵明館沿革 |
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活動来歴:
1987年に楊心流柔術、和道流柔術拳法、八光流柔術、高専柔道合気道を元にした武術武道の稽古システムの研究及び気功健康教室として発足した後、92年より意拳を加え、種々の変革(活動休止含)を経て現在に至る
名称:
モノゴトの根本、淵源、そしてその原理を明らかにするという意味にて、また唐代の詩人陶淵明を由来とする
方針:
本来 ' 合気' の練成のため中国武術の内功研究から始まった経緯にて、後に意拳功夫を主体に合気技を補足に、そして現在は河北&河南心意を加える
90年代初期は意拳の実戦性に特化した内容であったが、動きの狭量化の欠点を克服し真にバランスのとれた身体性を求める必要と日本人として日本の武道文化を服膺する必要を感じたことから合気&心意門の合一、拳撃・柔法・武器技の一体化、そして戦闘性だけではない武道の文化芸術的価値や人間の身体特性の幅広い開発も視野に入れた練習体系を模索する
原則は個性を重視、個人の能力を伸ばすことにあり、稽古する人の以前習得したものさえもが融合できること、それは目に観える形ではなく内在する原動性であっても良い そして過度の鍛練での故障を回避し老齢化しても技量の向上が臨める体系であること
内容:
主体の意拳は姚宗勲先師の子息姚承光・承榮老師の道統にて両師の承認を得て指導を開始。宗勲中意武館創立前の門弟であったため両師ともから教授された貴重な経験を有する。当初意拳専一であったが、10数年経過後に「内功から合気の錬成」という自身の原点に復し、他の意拳や心意形意の先師たちより学んだメソッドも優れたる部分は導入する方針へ転換。只神意を求め形骸を求めず、伝統を尊ぶも縛られることなく核心を捉えていることを求める
意拳のフレシキブル性に固執すると武術経験が浅いと難解に感じる、発動の雛型となる形を学び動法が充実されれば内功の感性も高まることが幾多の実例から判明したことで心意門の総合練習に着手。王ク齊の初期の教えには形意拳が含まれており、その弟子で実力を発揮した伝承者の多くは心意形意の素養があった人ばかりであった。全く系譜の違うものであれば困難だが、意拳と心意形意とは同等の要素も多く、相乗効果が発揮できる関係にある
意拳の系譜も含めた総合研究は、形意拳より転向してきた師兄弟との交流からで以後、太原、済南、鄭州、洛陽などの武術協会にて、また街の武術館や公園にて指導されてる方より部分的に学んだことで形意五行や心意十大形も系譜の異なる様式が混在しており、よって統一性を持たせるため、主体である意拳の原理を生かせるように修正している
拳撃・柔法・武器術の三位一体の理念のもと合気柔術、剣槍術も含んだ総合的な体系である。殊に站椿を応用発展させた踞坐椿功から合気を錬成する方法、抽象的であった合気武術の心的作用を具体的に身体に浸透活用させる内的メソッドとして用いている。柔術の形も含め剣や槍においてもその合気の発動力をもって行なうことを原則としている
理念:
武道武術は戰、戦争の道具であるが最低限の人間性を失わないためには理念は必要である。
柔道の創始者嘉納治五郎の唱えた‘精力善用自他共栄’
は近代武道の理想的な道標であるとし推奨している
特長:
特定競技に長年従事するとその競技性に沿った部位への負担が大きく晩年は故障に苦しむケースが多く見られていたが動きの幅を広げるコンディショニング調整の方法が近年発達して選手の寿命を延ばすのに有効とされている。繰り返し練習が多い武道は顕著な例で跳躍や踏み込み動作を過度に行い膝腰の故障を抱える人も多い、一つの技に習熟するため長い年月を掛けても故障しないコンディショニングが重要である。当会では調整のためのヨガや武器技も含め動きの幅を広げて身体への刺激を拡げ故障を回避するよう方向づけている
武道は何よりも実効性だが、現代においてはそれだけではなく
" Martial Arts " 、同じアートであるなら戦闘スキルが長けていてかつその動態には機能美とその個人の美的センスが表現されることが望まれる。実戦を標榜する格闘技武道でもある形式における実戦に過ぎない。武道は真の実戦ではありえない以上は技撃能力を高め且つアートの要素も高めていくことが必要である。実際の戦争ではない軍隊の演習はどんなものでも模擬である、武術もまた同じく実戦の模擬、そこには訓練だからこそできる要素もある。古来から敵に損傷を与える技法ばかりではなく身体芸術性を高める要素も武術には自づと含まれてきた。武道以外のアートを嗜まれている人にも参考にしてもらえるような内容を追求することが現代の
" Martial Arts " には求められている |
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